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水素社会 東京五輪のレガシーに? ガラパゴス化の懸念は? 東京2020これでいいのか vol.8

選手村に水素ステーション

 

 東京五輪はホスト国としてのホスピタリティを発揮する場であると同時に、先端技術を世界中にアピールする格好の場にもなります。日本、そして東京が、最も力を入れてやろうとしていることのひとつに、水素社会の実現があります。

 

 東京五輪組織委員会は2017年1月、「持続可能性に配慮した運営計画」というやや固いタイトルの第1版を発表しました。持続可能性という言葉はよく聞きますが、これは、現役世代の満足感を損なうことなく、同時に将来世代を満足させる環境を保つための努力をしていく、という意味です。分かりやすく日常生活でたとえるなら、「無理のない範囲で食生活の改善や運動不足の解消に取り組み、健康寿命を延ばそう」といった感じでしょうか。五輪は大きな開発を伴います。そこには多額の出費が付いて回ります。いいことばかりではありません。ホスト国が持続可能性に配慮するのは、とても大切なことなのです。

 

 現代の最も重大なテーマの1つに気候変動があります。その対策はCO2の削減ということになるでしょう。では、世界は開発と温室効果ガスの削減をどう両立させればいいのでしょう? 五輪はそこにどう関わっていけばいいのでしょうか?

 

 東京五輪組織委員会は、水素社会の実現、その価値の発信を目標に掲げ、それらをレガシーとする方針を打ち出しました。持続可能性の運営計画によると、選手村に水素ステーションを整備し、大会関係者らが使う燃料電池車(FCV)に水素を供給するとのことです。また、大会後、選手村を整備し直して設ける住宅などにもパイプラインを用いて水素を供給し、災害時の非常用電源にするとしてます。

 

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東京五輪の選手村に設けられる水素ステーションのイメージ図(東京都ホームページより)

 

 計画通りに進めば、これまでの五輪にはない、最も先進的で環境に優しい選手村になることでしょう。

 

燃料電池車は普及するの?

 

  燃料電池車は、水素と酸素を利用して電気を発生させ、それを動力として走ります。排出するのは水だけで、温室効果ガスを一切出しません。そのため、水素は究極のクリーンエネルギーと言われています。しかし、だからといって将来、燃料電池車が普及し、水素社会が実現するとは限りません。そのような時代は果たして、やってくるのでしょうか?

 

  トヨタ自動車が量産型としては世界初の燃料電池車「MIRAI」を発売したのは、2014年12月のことです。エコカーで現在主流のハイブリッド車はあくまでつなぎ役で、燃料電池車がこれから本命として普及していくのではないか、とメディアで大きく取り上げられました。

 

 しかし、販売は思うように進んでいません。NHKの報道によると、2017年7月時点で、国内販売は1770台にとどまっており、政府が掲げる2020年度の普及目標の4万台に遠く及ばない状況になっています。理由は2つあると考えられます。

 

 1つは、値段です。トヨタの希望小売価格は税込みで約720万円。なかなかの高額です。現在は国から202万円、東京都内であれば都から101万円の補助金を受けられるため、実質400万円あまりで買うことはできます。驚くほど手厚い補助と言えますが、とはいえ、まだまだ決して安くありません。現在購入しているのは、主に官公庁や企業のようです。

 

 そして、値段以上に問題なのは、水素ステーションの数です。燃料電池実用化推進協議会のホームページによると、2017年10月時点で、水素ステーションがあるのは25都道府県、91カ所(加えて計画中が8カ所)にとどまっています。水素補給ができる場所がこれだけ限られていると、どうしても燃料電池車の購入には二の足を踏むことになるでしょう。水素ステーションの建設費は現在4~5億円とされており、そう簡単に数が増えていくとは思えません。

 

電気自動車へのシフト鮮明に

 

 次世代のエコカーとしては現在、燃料電池車より電気自動車(EV)の方が普及しています。燃料電池車に比べて値段が安く、充電する場所に困らないからです。

 経済産業省のホームページによると、2016年時点で電気自動車の国内保有台数は、89,844台。GoGoEVのホームページに掲載されているEV充電スタンドの数は、2017年12月現在、東京都内だけで854カ所あります。水素ステーションとは雲泥の差です。もちろん、工事を施せば、自宅で充電することも可能です。

 

 電気自動車が優勢なのは、何も日本だけではありません。欧米や中国は次世代エコカーとして、燃料電池車ではなく、電気自動車へのシフトを進めているようです。背景にはやはり、水素ステーションの整備に時間とお金がかかることがあると思われます。そしてもうひとつ、電気自動車を販売している米テスラの躍進も無関係ではないでしょう。テスラのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)は「燃料電池(Fuel Cell)は愚かな電池(Fool Cell)だ」と語呂合わせで揶揄し、「水素社会など来ない」と言い放っています。

 

 その発言には、ビジネス上の戦略の意味合いもあると思われますが、同時に水素を利用する際の技術的な問題点も含まれています。電気と水素を比べた場合、水素は生成から実際の使用までのロスが多いとされています。電気は発電所から電線を伝って充電スタンドなどに届き、そのまま電気自動車のバッテリーに収まるイメージです。とても分かりやすいと言えるでしょう。

 

 しかし、水素はまず製造する際に電気を使用し、さらに出来上がったものをタンクに圧縮して詰め込む必要があります。加えて、タンクを水素ステーションまで車を利用して運ばねばなりません。水素の生成、運搬過程でエネルギーを使用するため、全体を見渡してみた時、どうしても無駄が多くなってしまうのです。

 

全固体電池で電気自動車の欠点解消?

 

 では、電気自動車に欠点はないのでしょうか。電気自動車は充電にかかる時間が、燃料電池車の水素の充填と比べて長く、また走行可能距離でも劣ります。現時点で、走行性能だけを比べれば、燃料電池車の方が上かもしれません。

 

 しかし、その電気自動車の弱点は、全固体電池によって解消できる可能性が出てきています。全固体電池は、電解質が液体ではなく固体が使われた次世代型の電池のこと。現在電気自動車で使われているリチウムイオン電池の容量を大きく上回ります。また充電も早く済み、液体漏れの心配がないので安全性も高いとされています。

 

 まさにいいことづくめで、この電池が普及して電気自動車に搭載されることになれば、走行性能や保守の面で燃料電池車と遜色なくなるか、さらに上を行くことになるかもしれません。

 

 燃料電池車の開発に力を入れてきたトヨタは、家庭用コンセントで充電できるプラグインハイブリッド車(PHV)を市場に投入しているものの、純粋な電気自動車の製造はしておらず、他のメーカーの遅れを取っています。電気自動車の開発はこれから進めるそうで、今後は燃料電池車との両にらみとなりそうです。

 

 とはいえ、トヨタの軸足はあくまで燃料電池車。「水素こそ究極のエコ」と考えている会社ですから、その方針を容易に変えることはないでしょう。走行ルートをある程度想定できて、決まった水素ステーションでの補給を計算できるバスやトラックから普及させていこうと考えているようです。

 

IOCのTOPスポンサーとなったトヨタの野心

 

 トヨタ東京五輪の招致が決まったのを受けて、2015年3月、国際オリンピック委員会IOC)と最高位のスポンサーであるTOPパートナー契約を締結しました。自動車メーカーがTOPスポンサー契約を結んだのは初めてで、契約は2024年までの10年間日経新聞によると、総額2,000億円に上ります。1年あたり200億円という額は、同じTOPスポンサーのパナソニックの8年300億円前後(1年あたり約38億円)を大きく上回ります。

 

 もともとIOCは、地域産業色が強く出る自動車メーカーとの契約に消極的だったとされています。その方針をひっくり返すために、トヨタは破格とも言うべき資金を出す必要があったのかもしれません。

 

 それほどの出費をしてまで、なぜトヨタIOCと手を携えることを選んだのか。それは、東京五輪が先進技術を広くアピールできる格好の場となるからであり、つまりは燃料電池車を世界中の人々に知ってもらう最高の機会になるからです。

 

 燃料電池車を普及させようとするトヨタの思惑を、政府・与党もおいそれと無視することはできません。なぜなら、トヨタは自動車メーカーとしてはおろか、全業種を通じて日本でダントツの売上高を誇る企業で社会への影響力が大きく、加えて自民党への献金額も企業単独として最高だからです。

 

東京五輪ガラパゴスぶりを世界に発信?

 

 トヨタIOC日本国政府のトライアングルは、東京五輪に何をもたらすのでしょう。開催期間中の2020年8月ごろをイメージしてみましょう。選手村に水素ステーションが整備され、大会関係者らはトヨタが提供する燃料電池車を利用します。もちろん、マラソンの先導車にはMIRAIが使われることでしょう。トヨタ、および日本国は水素技術をこれでもかとアピールします。

 

 そのころ、水素社会への移行の必要性が世界中で叫ばれ、燃料電池車が電気自動車より将来有望という見通しが出ていれば、「さすがは日本」「世界の先端を走っている」と称賛を得られることでしょう。

 

 しかし、前述したように、燃料電池車は電気自動車に対して旗色が悪いのが現状です。この流れが2020年まで変わらなければ、先端技術のアピールどころか、「なぜ日本は水素に力を入れているのか」「電気自動車の方が効率的にエコが図られるのでは」などと、ガラパゴスぶりを世界に向けて発信することになりかねません。

 

 日本で独自の進化を遂げた携帯電話は、ガラケーと揶揄されたものです。大げさかもしれませんが、今度は燃料電池車がガラパゴス・カー、略してガラカーになる恐れを秘めているのです。

 

 国や地方自治体が燃料電池車の購入や水素ステーションの設置に補助金を出している以上、トヨタという会社単体の問題ではありません。次世代のどんな環境技術を選び、どう社会に採り入れていくかという問題であって、その大きな節目、分岐点になりそうなのが、東京五輪なのです。

 

  

東京五輪に関する過去記事は以下